Mapping An Invisible World

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The Day After Peace
2009.10.09 (Fri) :
The Day After Peace
"ザ・デイ・アフター・ピース"
(2008/イギリス/88min)ジェレミー・ギレー
Rating 7.5/10



Introduction
映画監督ジェレミー・ギレーは、年に一日だけ、世界中が戦争を止める日を設けようと世界に呼びかけた。その結果、2001年に9月21日が国連の定める “国際平和デー”として採択された。実際に停戦を呼びかけるため、ジェレミーはジュード・ロウと共に、危険な戦闘地域であるアフガニスタンに向かう…。

Review
9月21日が “国際平和デー(International Day of Peace)”ということを知ってましたか?日本ではシルバーウィーク中の敬老の日にあたります。その日が世界中で平和を願う日と知っている日本人は、ほとんどいないように思えます。悲しいことに私自身もこの映画を観るまで知りませんでした。

“国際平和デー”とはそもそも何か。国連が定めた平和の記念日です。すべての国、すべての人々にとって共通の理想である国際平和を記念、推進していく日。最初に宣言されたのが1981年だそうです。

しかし、これまでの“国際平和デー”の問題点は戦闘地域に対する影響力や権限がまったくなかったこと。国連が平和の日を定めていようが、戦争や争いは一時的にも止まることなく人は殺し合っている。その問題点に気づき、365日の1日でも銃弾や銃声を怯えず平穏に暮らせる日を確立しようと立ち上がったのが映画監督ジェレミー・ギレーであった。

この作品はジェレミー自身の活動をドキュメンタリー映画という形で製作されたもの。活動を始めた頃は、家族や友人以外誰も彼の言葉を聞いてくれなかった。彼は"理想主義者"という批判を受ける中、それでも地道に活動を続けた結果、セレブのアンジェリーナ・ジョリーやジュード・ロウ、ダライ・ラマ14世、そして母国イギリスの国連大使との対談へと結びつけた。ジェレミーの強い思いに胸を打たれ、次第に協力者が増え、1997年から始まった彼の活動はついに2001年の国連の決議にまで及んだ。

“国際平和デー”が世界の停戦と非暴力の日になるよう、彼はその後アフガニスタンでの一日停戦と、ユニセフ職員が立ち入ることの出来なかった地域に住む数百万人の子供達へのワクチン注射を成功させた。国連がこれまでできなかった本当の意味での“国際平和デー”を、たった一人の強い想いが実現させてしまうなんて本当に感動した。どんなに困難なことがあろうが、非難されようが、その強い想いが打ち砕かれることはなかった。

唯一の被爆国であり、平和憲法を持つ日本で生まれたからこそ、平和に対して強い想いを持たなければならないと改めて思いました。ジェレミーの活動そのものや目標実現に対する姿勢など学ぶことが多くある映画でした。レンタルショップに置いてあるかわからないのですが、是非観て欲しい一本です。

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...MORE THAN 1000 WORDS
2009.07.02 (Thu) :
...MORE THAN 1000 WORDS
"1000の言葉よりも-報道写真家ジブ・コーレン"
(2006/イスラエル/78min)ソロ・アビタル
Rating 7.5/10



Introduction
報道写真家ジブ・コーレンは今日もパレスチナ人自治区へと取材に向かう。ここでは毎日のように何かが起こっている。今日の彼の出発点となった一枚の写真。それは自爆テロで爆破されたバスの写真だ。世界中のコンクールで賞を総ナメにした彼だが、その現場を目の当たりにしたトラウマは今も残っている。銃弾が飛び交う中でもカメラのシャッターを切る彼に密着し、また妻や友人たちの証言を交えながら、報道写真家とは何かに迫る。

Review
イスラエルで報道写真家として生きるジブ・コーレンを追ったドキュメンタリー映画。

ジブさんは365日報道写真家として生きている。これまで私自身報道写真家という職業にスポットが当たった映像を観たことがなかった。だから、その喜びや苦悩を知ることができて良かった。ジブさんのように報道写真家として生きる人間は、生活を捨ててでも「真実」を伝えたいと強い気持ちを持って仕事をしている。

近年では雑誌の売り上げが落ち、特に戦争や社会問題を扱う雑誌が低迷している。だから、写真が掲載される倍率も高くなり、活動に見合った報酬を得られない。もともと、ファッションなどの商業写真と違い、報道写真はハイリスク・ローリターンである。報道写真家として生きていくには相当の覚悟が必要だ。収入の面だけでなく、精神的な負担も大きい。流れ弾によって仲間の報道写真家が亡くなったり、自爆テロによってバラバラになった遺体を目の当たりにするなど、脳裏に焼き付いて眠れない夜が続くという・・・。それだけ過酷な仕事である。だから、この映画を観終わると、たった一枚の写真に込められた想いを感じられるようになると思う。

考えてみると、一枚の写真なんだけど、この映画のタイトルのように、多くのことを物語る。たった一枚の写真だけど、そこにはその写真を撮った人が居て、その人が物語を語りかける。何で、その場所で、そのタイミングで、その被写体を写したのか。残虐な写真に慣れるのでなく、まずは想像することで、目をそむけたくなるような現実と向き合えるのかもしれない。

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Fire Under the Snow
2009.03.15 (Sun) :
Fire Under the Snow
"雪の下の炎"
(2008/アメリカ・日本/75min)楽真琴
Rating 8/10



Introduction
『雪の下の炎』は、チベット僧パルデン・ギャツォが生まれた1933年に遡り、中国の侵略によって始まった悪夢を追いかける。パルデンは生い立ちから、理不尽な投獄の背景、そして33年間に渡る苦痛の日々を静かな口調で淡々と語る。また、パルデンの友人や元政治囚、フリー・チベット活動家の証言を加え、過去の記憶に苛まれる現在のパルデンを描きだす。

Review
牢獄で死を迎えた仲間、そして自由を奪われ暮らす人々の為に国際社会に訴える僧侶。33年間牢獄でさえ彼の心は折れず、断食を13日間続け、北京五輪の中止を訴えるハンストを行うなど国家と闘い続けている。

私たちと同じ時代を生きる人が、苦しみ傷ついてる。生き証人である一人のチベット僧を通して伝えられるメッセージ。この問題は過去でもなく、現在進行形で続いてる。この作品は、チベット問題に対する注目度を高めるし、私たちがどのようの役割を果たすべきか考える機会となるので是非観て下さい。

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Run Granny Run
2008.10.24 (Fri) :
Run Granny Run
"ドリス、94歳の選挙戦"(2007/アメリカ/79min)マルロ・ポラス
Rating 8/10

"Democracy is not something we have, but something we do."



Introduction
グラニーDことドリス・ハドックは、企業と癒着し、利権に縛られた米国の選挙に、草の根運動で市民に疑問を投げかけ続けていた。2004年、米国市民の間でも親しまれる存在となっていた彼女は、94歳にしてニューハンプシャー州の州議員に最初で最後の出馬を決意する。だが、彼女を推薦した民主党は、彼女を捨て駒とみなし、支援を拒む。限られた資金と準備期間。対立候補は強固な支持基盤を持つ現役議員。TV討論会でも失敗は許されない…。プレッシャーに耐えながら、家族や支援者とともに彼女は4ヶ月の選挙戦を駆け抜ける。

Review
このドキュメンタリーでは、一市民であるグラニーDが選挙戦をいかに戦ったか、その舞台裏に密着している。選挙戦に向けた戦略会議やテレビ討論会に向けた練習模様から、ベッドで神に祈る姿まで、選挙期間ずっと帯同している。例えばグラニーDが討論会に向けた練習で何度も言葉に詰まって硬直してしまったり、選挙当日に家を出ようと思ったら入れ歯を入れ忘れてたりと、とても人間味あふれる、飾らない表情が出ている。そういう身近な存在に感じれるとこが、アメリカ人の多くに愛される理由なんだろうね。身近な存在であり、アメリカ政治を真剣に考える彼女の生き方も多くの人が感銘したんだろうね。そんなグラニーDの活動を通して、アメリカ政治の問題点を描いた作品です。

この選挙戦では、欲や腐敗した勢力を「一市民」であるグラニーDがどういった選挙戦略をして打ち負かすが見どころ。アメリカの選挙では、幅広くPR活動をするために、利益団体からの寄付金が鍵となっている。近年のアメリカ政治は利益団体の影響が大きく反映されている。言い方を変えれば、お金さえ多くを持っていれば少数であっても自分たちの利益のために政治を動かすことができるということ。多額の支援金があれば、政治家としてはキャンペーンを幅広く行えるので、利益団体からの支持を得ようとする。その結果、富のあるものが優遇される社会になってしまった。

この現代アメリカ政治に危機感を覚え、グラニーDは立ち上がった。誰もが声を上げ意見を言える国にしたいと真の民主主義を市民に訴えるため、彼女の生きる目的である「自分の国」のために選挙に出ることだと決心した。社会参加をすることで、民主主義が成り立つんだと自らの生き方で示した。約1世紀を生きた彼女。アメリカ社会、自然やそこに住む人々の変化すべてを肌で感じてきたからこそ、失ってはいけないものを守ろうと思ったんだろうね。日本に住む私たちだって、同じ民主主義国家に住んでいるんだから、彼女の活動を通して政治を考えてみるといいかも。だから、多くの人に見てもらいたいドキュメンタリーです。

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Once In A Lifetime
2008.09.07 (Sun) :
Once In A Lifetime
"ペレを買った男"(2006/アメリカ/97min)ジョン・ダウアー/ポール・クロウダー

Rating 5/10



Introduction
“サッカー不毛の地”と称されていた70年代のアメリカで、ペレやベッケンバウアーといったスーパースターをかき集め、世紀のドリーム・チーム“ニューヨーク・コスモス”を誕生させたメディア王、スティーブ・ロスの巨大な野望の栄光と崩壊を描いたスポーツ・ドキュメンタリー。

Review
このドキュメンタリーはNYコスモスを中心とした60年代から80年代までのアメリカサッカー史である。だから、サッカー好きでないとあまり面白くない作品かもしれない。でも、熱狂的なサッカー好きでもアメリカサッカーに興味がある人ってあまりいないだろうね。

内容はwikiで調べればわかる内容ではあるけど、当時コスモスに関わっていた人たちのインタビューなどは、補足情報としておもしろい。でも、スティーブ・ロスやペレといった中心人物のインタビューや当時の映像が少ないのが少し物足りないところ。

アメリカで中高とサッカーしていたこともあり、私はアメリカサッカーに興味があった。アメリカのサッカーリーグに有名な選手がいたことなどは、なんとなく知っていた。でもこの映画を観て、サッカー不毛の地がいかに変っていったか理解できた。アメリカの少年やティーンにおいてサッカーが人気なのも、コスモスがあったからなんだろうね。だから私もアメリカに行ってサッカーを続けることができたと思うと、この功績がいかに大きいかわかる。これからアメリカサッカーはどういった発展を遂げるか楽しみだね。

以下はアメリカサッカーについてのまとめ

アメリカは今でも多くの人にサッカー不毛の地として知られている。それもそのはず、60年代のアメリカ人の99%がサッカーを認知していなかった。しかし、NASL(North American Soccer League)設立によって全米にサッカーを広める一歩となる。ピーク時には7万人もの観客を集めたスター軍団NYコスモスの登場によって、アメリカサッカーは動き出した。

スティーブ・ロスの巨額の資金によって、このチームには数多くの世界的に有名な選手が所属した。ペレ、フランツ・ベッケンバウアー、カルロス・アウベルト、ジョルジョ・キナーリャ、ヨハン・ニースケンスなどなど巨額の年俸によってサッカー不毛の地アメリカへ彼らはやってきた。

リーグは彼らの人気によって支えられ、ABCによって全米にテレビ中継された。コスモスの77、78年と連覇した頃には誰もが国民的スポーツになると確信した。しかし、79年のチャンピオンシップでコスモスは敗れ、また視聴率は2.9%と低迷し、今後のサッカー中継は打ち切りに。テレビ中継がサッカーの国民的スポーツになる鍵であったため、その夢は80年に入り潰えた。

コスモスもまた、93年に起こった子会社の低迷により、経費削減の的となった。ロスはサッカーをアメリカに根づかす最後の切り札として86年にワールドカップを招致しようとしたが、失敗に終わる。そして、1984にリーグは解体し、コスモスはインドア・リーグでチームを継続したが85年に解体された。

その後、94年W杯の成功によって96年にMLSが発足。現在では、デビッド・ベッカム、ランドン・ドノバン、前監督のルート・フリットなど、ビッグネームを獲得しているロサンゼルス・ギャラクシーを中心に、再びアメリカサッカーの人気に火をつけようとしている。


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